2013年10月アーカイブ

せんがわシアター121 vol.2「紙屋悦子の青春」も、お陰様で大好評の裡に3回の公演を終えることができました。残すは11月5日と12日の2回の公演になります。
今回は、公演を支えて下さった市民サポーターの才目謙二さんによる、初日観劇レポートをお届けします。是非ご覧下さい。


『紙屋悦子の青春』初日観劇レポート

2013年10月18日に初日を迎えた『紙屋悦子の青春』。

大いに笑い、やがて頬伝う涙をぬぐう観客の皆さん。鳴り止まない拍手に何度もカーテンコールで応じる役者たち。舞台と客席が一体となって新しい「劇」の誕生を祝福する公演初日となりました。

松田正隆氏の原作戯曲、手がけるのは演出家であり、桐朋学園芸術短期大学学長でもある越光照文氏。

主張を声高に叫ぶのではなく、誰もが温かい気持ちを共有することで、観終わったあと「本当に大切なもの」への想いを確かなものとする…。
丁寧に作り込まれた劇が、どれほど観る人の心をゆさぶるか。劇のもつ力、高い演劇的成果をまさに実証した「作品」といえます。

 

●「せんがわシアター121」とは

午後7時半という遅めの開演時間を設定して「お勤め帰りの人々」にも気軽に演劇に触れていただこうとスタートした「せんがわシアター121」企画(午後2時開演の回もあります)。本作『紙屋悦子の青春』は、その第2弾となります。

往年の演劇ファンなら、渋谷にあった小劇場で前衛的な作品がロングラン上演されていたことをご記憶でしょう。「せんがわシアター121」は、比較的コンパクトで優良な演劇作品の連続上演をめざした企画です。

 

●勤め帰りに『紙屋悦子の青春』を観る

何かと忙しい現代人。平日の夜、劇を観る余裕なんてあるだろうか? そんな心配をお持ちの方もいるでしょう。実際に「お勤め帰り」に駆け込むようにして劇場入りしたという方(30代男性)はこう話していました。

「1日の仕事を終え、仙川駅を降りて、せんがわ劇場まで急ぎ足。到着すると開演間際。
劇を観るための心の準備ができてないなぁと内心焦っていました。
ところが、照明が入り、役者さんが動きだすと、フワーと劇の世界に連れて行かれたんです。
懐かしい、昔の日本のどこにでもあっただろう生活風景。ちゃぶ台、茶の間、家族、夕飯…。
普段忘れているけど、ああ僕たちはこうして暮らしていたなぁという感覚が自然に呼び起こされて、
本当にそこで暮らしている家族がいるような気持ちになって、すぐ劇に集中することができました」。

時代を再現した舞台セット、きめ細やかな手作りの衣装。
一家の団欒を包み込む照明、さりげないが緻密に設計された音響効果。
老若男女問わず、誰もが持っている「共通感覚」を喚起させる“匠の技”がそこに隠されています。

 

●紙屋家での会話はすべて鹿児島弁

時は昭和20年春。
鹿児島県、八代海に面する出水(いずみ)郡米ノ津町にある紙屋家の茶の間で劇は進行します。
近くに海軍航空隊の出水基地があり、時折、学徒出陣で召集された士官たちが紙屋家に出入りしていました。紙屋家は、3月10日の東京大空襲で父と母を亡くしたため家督を継いだ兄・安忠と嫁・ふさ、妹の悦子の3人家族。ふさと悦子は女学校の同窓生でもあります。

紙屋家での会話をすべて鹿児島弁として上演することに演出家はこだわりました。
原作台本に手を入れ、出水で生まれ育った演劇人の方言指導を受け、完璧を期すという念の入れ方。熊本や長崎出身の若い海軍士官の九州弁も同様です。生活感に密着した方言のリアルさも、観客の「共通感覚」を呼び覚ますのに一役買っています。

 

●大いに笑い、やがて涙する観客たち

紙屋家玄関の桜が芽吹き、そして散りゆくまでの間。
兄夫婦の仲が良いがための喧嘩や、悦子とのお見合いの席で緊張する若い士官のコミカルな掛け合い。この劇には笑いを誘うシーンがいくつもあります。観客は大いに笑い、あるシーンでは「グー」とお腹を鳴らしながら、やがて切ない思いに涙がこみ上げてきます。

この時、戦争の足音は紙屋家にも迫っていました。
連合軍の沖縄上陸は昭和20年4月1日。日本軍は迎え撃つ手立てもなく、「沖縄奪回」をうたった無謀な特攻出撃を敢行。4月6日には航空総攻撃「菊水作戦」を発令するにいたります。

兄・安忠の高等学校の後輩であり、悦子とひそかに好意を寄せ合う明石少尉は出撃の日の近いことを察し、特攻志願を決意。自機の整備を受け持つ「同期の桜」、永与少尉を悦子に紹介します。
ほがらかに笑みを浮かべ出撃の報告をする明石少尉。しかし、「どうかお体、ご自愛ください」と泣き崩れる悦子に、その胸は引き裂かれます。

悦子を愛しく思う心の痛みに耐えきれない明石。明石の出撃を見送り、遺志を継いで悦子を守りぬくことを誓う永与。「日本がどんなことになっても、ここで待っています」と答える悦子。残された二人に桜が散りかかります。
渾身の演技を見せる俳優たち。胸がギューッと締め付けられるような「切ない」気持ちの最大級をこの劇は体験させてくれるのです。

IMG_4878.JPGのサムネール画像

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紙屋悦子(福島梓)

 

●現代と呼応し、「時代を問う」作品

最後に特筆したいのは、敗戦の色濃い昭和20年と、68年の歳月を経た平成25年の現在とが、この劇において互いに呼応しているということです。
鍵は、戦後を夫婦として生き、老境に達した現在の老永与と老悦子の演技です。
死期を予感し、介護に当たる老悦子を優しく気遣いながら、桜や雲、波の音に戦争の「あの頃」を思う老永与の演技は、出色の出来。戦後とは何だったのか、私たちは大切なものを置き忘れてきたのではないかとの痛切な問いを投げかけます。

まさに「開かれた問い」を、静かに、現代を生きる私たちの胸に届ける作品です。

「静かな劇」の先駆けと言われ、後に映画化もされた『紙屋悦子の青春』ですが、丁寧に、丁寧に作られた本作は、この名作に新たな境地を拓いたといえるでしょう。

ぜひ多くの方がせんがわ劇場に足を運び、同じ時間を共有していただけることを願っています。

 

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写真:青二才晃