「新羅生門」 稽古場レポート(4)

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今回は横内さんから少しお話を聞く機会がありました。

 

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まずは『新羅生門』のエンタテインメント的な面について。

 

稽古を見るだけで笑ったり泣いたりできて、

演劇ってこれほど面白いのに、何で人々に遠い存在と感じられているのかな?という疑問が浮かびましたが、

横内さんはエンタテインメント的な要素を入れようと意識しているでしょうか?

 

「はい。意識しています。私は芸術じゃなくて演劇が書きたかったです。演劇を芸術だと思って書いたことはありません。もちろん、演劇を芸術と考えることはいいと思います。しかし、極端に言いますと、うちの父が観ても面白い作品を書かなければならないと思います」

 

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小劇場ブーム、アングラ時代に演劇を始めた横内さんは、

芸術として求められたアヴァンギャルドな演劇を体験した世代です。

そこで、演劇はこうでなければならないのか、という反発()を感じながら、

高校演劇を世界を経て、演劇の次の時代を迎えました。

 

野田秀樹さんが「演劇はスポーツだ」と言う時代が来たのです。

「野田のこういう考えが私を救った」と回想する横内さんにとって、

演劇は楽しいものです。

 

実際、日本には歌舞伎という民衆の娯楽として演劇が存在しましたね。

その歴史は400年以上。それに比べ、演劇が芸術として、文学として語られ始めたたのは、100年前くらいでしょう。

 

そういえば、横内さんはスーパー歌舞伎の作家としても有名ですが、

歌舞伎と現代劇の作り方は何が違うでしょう?

 

「技術とかスタイルが全然違います。例えば、目の前で殺人が起きたとき、現代劇では反応するのが当たり前ですが、歌舞伎では反応しないです。まるで絵のようでありながら、ただの置き人形ではない。腹はあっても形にしないのが歌舞伎です」

 

正面に向かって台詞を言ったり、現代劇とは全然違うルールを持っている歌舞伎は、 特別な技術、様式があるジャンルですね。この差を知っているから、横内さんは幅の広い演出が出来ると考えています。

 

「刀を持って美しく立っている方法など、歌舞伎は長い歴史の間、それを工夫してきたのだから、その方法、その所作を借りるのが早いです。無意識的に影響を受けていると思います。原点を知っているのは確かに得です」

 

横内さんからそれを学び、原点に接することのできた俳優たちは、もっと幅の広い演技を見せてくれるでしょう。

いよいよ3月に入りますが、『新羅生門』の本番も近づいています。

次回からは、俳優たちをご紹介しますので、お楽しみにしてください。

 

 

アンサンブル イホンイ

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このページは、staffが2010年2月28日 08:56に書いたブログ記事です。

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